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日本にいるあいだに、いろいろな世代のひとに話をきいて、強くおもったことは、
1950年代後半くらいまでに生まれたひとたちには、溌剌とした知的共同体とでもいうべき強い雰囲気がある。この世代が小学生の高学年から高校生時代にかけて共有していたと思われる、ラジオの深夜放送や演歌だらけだったという流行歌への強い反発、岡林信康(バックバンドが「はっぴいえんど」なのだな)、「ぷかぷか」、吉田拓郎くらいまで、それまでの「旧世界」とくっきりと色が違う文化を共有して強く永続的になるかに見えたエネルギーの渦巻きが、「ポパイ」という雑誌や、ユーミンの音楽が爆発的に売れるに従って様変わりしてしまい、「金魂巻」のように、いまの時代のわしなどが手に取ると、こんな退屈で薄汚いへらへら笑いに満ちた本が、なんでそんなに売れたのだろう、と思うようなしょうもない本が売れる時代に至って、あっというまにエネルギーを失って墜落してしまう、そのときに何があったか、ということでした。
中進国から先進国への移行、全共闘運動を防止するための初等から高等までの教育体制の弾圧的な改変の成功、さまざまな説明があるのは知っているが、どれもピンと来ない。

あの80年代のどこかに有ったはずの分水嶺の、丘陵の両側をその持ち前の敏感さで眺めていた、いしいひさいちに、「マルトの秋田さん」の話でもしながら、どんなことが起きたのか訊いてみたい、と思う事があります。

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日本の古典_その1 いしいひさいち « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via ginzuna)

(via kogumarecord)